Snow Queen 12

 

 遠ざかっていく綾人の背中を見送って、唇から溜息がこぼれる。

ここで、これ以上自分になにができるというのだろう。

彼はお墨付きをくれたけれど、それが何だというんだ。今日までかかって叶わなかったことが、今更叶うとでもいうのか。

(それでも俺は―――)

不安は、それ以上の言葉を許してはくれなかった。

惑う心に俯きかけると、急に腕を掴まれた。

「えっ」

驚いて振り返る。視線の先には、薙が―――

「来い」

短く言われて、豊は引きずられるように歩き出していた。

動揺と恐れがない交ぜになったまま、最後に見えた天照館高校総代の後姿は光に包まれていた。

 

開いた扉の先に突き飛ばされて、よろめいて床に倒れこむと、薙が後ろ手に扉を閉める。

施錠音が小さく聞こえた。

「秋津君」

静かな声に、全身が震える。

閉じられたカーテン越しに日が差し込んでいる。ここは、会議室だろうか。

長テーブルが二つ隣り合っていて、周囲に椅子が四つある。扉と窓のある壁以外には書架と、向かい合った壁面にホワイトボードが取り付けられて、いくつか印刷物が貼り付けられてあった。

豊はテーブルの脇に伏せたまま、動くことが出来ない。

悪い予感が脳裏を廻っていた。

「君に、三つ聞きたいことがある」

薙の声は静かだった。

けれど、声色の裏の激しさを豊は見逃さない。ずっと近くにいたから、それぐらいはわかるようになっていた。

「一つ」

靴音が一歩近づいた。

「あの男を呼び寄せたのは、君か」

「―――違う」

豊は薙を見ることが出来ない。

「総代は、月詠と話がしたいって、自分の意思で来たんだ、あの人は今の状態を」

「君のご高説は結構だ」

また一歩、近づいてくる。

「二つ」

言葉には、感情というものが感じられなかった。

触れたら切れてしまいそうなほど鋭いのに、あくまで無機質に問いかけてくる。

薙の気持ちがわからなかった。

「あの男は君の何だ」

豊はふと、体の震えを止めていた。

どうしてそんな事を聞くのだろう。疑問が脳裏をよぎる。

「あ、あの人は、九条先輩は、天照館高校総代、俺たち執行部のまとめ役で、俺にとっては尊敬出来る―――凄い、人だ」

「他には」

「ほ、他って」

「君個人はあの男をどう思っている、どう感じている」

「今言ったとおりだよ、尊敬しているし、憧れても、いる」

更に足音が近づいてきた。

今はもう豊のすぐ傍に立って、上から見下ろしているようだった。

「それでは、秋津君」

気配が近づく。隣に屈んでいるのか。

「最後の質問だ」

突然肩を掴まれて、力任せにあお向けられた。

半身起こすような格好で薙を見上げると、金の瞳が目の前まで迫ってきた。

「―――君は、天照館と月詠、どちらにつくつもりなんだ」

「っつ!」

その眼差しの強さに、恐ろしくて声が出せない。

薙はますます表情を厳しくする。

「答えろ、秋津豊」

全身がカタカタと震えていた。

喉が渇いたように張り付いて、視界さえ霞んで揺れる。肩を掴む指先が布越しに肌に食い込んでくる。

「君は、僕と、あの男と、どちらを選ぶつもりなんだ」

「お、俺はっ、俺には、そんな事」

「決められないとでも言うつもりか」

急に引き寄せられて、噛み付くようにキスをされた。

恐怖で抵抗しようとした腕を絡め取り、薙が冷たい微笑を浮かべる。

「あれだけきつく仕置いておいたというのに、学習能力のない奴だな、君は」

「ひ、飛河」

「もう一度、今度はもっとよく思い知らせておく必要があるか―――」

片手でネクタイを解くと、襟元から引き抜き、逃れる間もなく両手を縛り上げられた。

豊が瞠目していると、そのまま突き倒されて仰向けに寝かせられる。

馬乗りになってきた薙は、乱暴な手つきで制服の前を開くと、豊のシャツのボタンを飛ばしながら両手で合わせを引き裂いた。

「消えない痕を残してやろう、君が、二度と、くだらないことに振り回されないように」

「ひ、飛河、やめろ、俺は―――」

薙の唇が、露にされた鎖骨に吸い付いてくる。

胸元を指先が這って、下着の内側をまさぐり蠢いた。

「ヤッ、嫌!」

ビクリと震えると、舌先が皮膚を伝う。

しゃぶりつかれていた鎖骨を強く噛まれて、豊はくぐもった悲鳴を洩らした。

顔を上げた薙は、口元についた血をぺろりと舐める。

「甘い、な」

クスリと笑って再び胸元に顔を伏せた。

先端をしゃぶり、吸い付く感触と、もう片方の指先は赤く立ち上がった突起を嬲り続けている。

豊は全身を戦慄かせて、逃れようと必至にあがき続けていた。

「や、嫌だ、飛河、もう、こんな事は、もうっ」

「君に拒否権は無い」

「どうしてっ」

「耳障りだな」

起き上がった薙が、おもむろに自身のブレザーの内ポケットを探った。

そうして取り出した、折り目のついた白いハンカチを一度開いて乱雑に丸める。

もう一方の掌が口をこじ開けて、豊の口腔内に強引にねじ込んできた。

豊はイヤイヤをするように首を振り、ハンカチを吐き出そうとする。

その暇を与えず、ベルトを外し、前を開き、取り出した局部をぐっと掴んだ。

「―――!!」

喉の奥から声が漏れる。

涙の浮かんだ瞳を瞠る豊を見下ろしながら、薙はゆっくりと掌を上下に擦り始めた。

「秋津君、気分はどうだ?」

片方の手で縛り上げた両手を頭上に押さえつけて、恥辱に歪む表情を楽しむように下肢を玩ばれる。

擦り、掴み、先端を指先で触れられて、本人の意思とは裏腹にその部分は熱を帯びて膨張を始めていた。

豊はギュッと瞳を閉じる。

もうこれ以上、辛い景色を見ないで済むように。

それでも与え続けられる快楽はとどまる所を知らず、布で遮られた口からは呻き声しか漏れない。

体中の血が沸騰するように熱い。

何も見えなくても、体中に薙の感触がうごめいている。

ゆるゆると楽しむように抜いていた手の動きは、やがて速度を増して、意識をぐんぐん頂点へ向けて引き上げていく。

腹の奥底にたまっていた何かが、限界を超えたようだった。

「ウック―――ウウッ!」

低い声と共に、精が噴出していた。

パタパタと豊の腹部に滴り落ちる様子を眺めて、薙はフッと笑っていた。

「あっけないものだ、君は、この程度の快楽で達せられるのか」

嘲る言葉に体中が震える。

恐ろしくて、瞳を開くとこめかみを一筋伝うものがあった。

薙の顔が近づいてきて、それをペロリと舌先で掬い取る。

唇にキスを落とされて、朦朧とする目の前、胸の上に、またがられた。

「あまり君を喜ばせても、躾にならないだろう」

声と共にベルトが外され、チャックが下りる。

取り出された薙の局部を改めて目の当たりにして、豊はカッと頬を染めた。

「なにを恥ずかしがっているんだ、君にも同じものがついているだろう?」

低い笑い声に顔を背けようとした。

顎を強引に捉えて、薙が正面を向かせる。

「よく見ていろ、普段、君が、腰を振ってねだるものだ」

違うと否定しようとして、豊は微かに首を振った。指先は強く顔を固定していて、多くの動作を不自由にしている。

薙は、見せ付けるように自身を抜き始めた。

「っく、うっ―――」

目の前で、掌で擦られる局部は見る間に膨張を始めて、赤くぬるついた色を帯びていく。

瞳を閉じると名前を呼ばれて、逆らいきれずに再び様子を見せつけられる。

薙は、豊の視線を確認しながら、熱い吐息を洩らして刺激を与え続けた。

困惑と同様ばかりだった体の奥に、再び興奮がわだかまってくるように思う。

「秋津君」

薙の声が囁きかける。

卑猥な、苦しくなるような響きがした。

「いい、顔をしているぞ」

「んっ、んんっ」

涙をこぼす豊の前で、薙の局部はすでに張り詰めている。

先端に透明な液体が溢れ始めていた。

指先ですくって、擦りつけながら、自らを高める彼の呼吸が上がっている。

薙はくっと顔をしかめた。

「っつ!」

びくん。膨張した先端から、噴出してきた白濁とした体液が豊の顔にかかる。

「んんっ」

背けようとしたそのこめかみや、首筋、胸元に、熱い雫が滴り落ちる。

立ち込める青臭い匂いに、息苦しいほどの感情の昂ぶりを覚えていた。

汚れた豊の顔を見て、薙は薄い笑みを唇に浮かべていた。

「なかなかお似合いだ、秋津」

そのまま体を反転させて、うつ伏せにした背後に回る。

ズボンを腿まで下ろされて、腰を引き上げられると、豊ははっと我に返っていた。

「んんっ、んっ、んんーっ」

「―――何を言っているのか、よくわからないな」

嘲笑を含んだ冷たい声と共に、窄まりに何かが振れた。

濡れた感触と共に差し込まれて、それが指先だと認識する。

豊は両手を縛られたまま、床に頬を押し付けるような格好で、哀願の眼差しを薙に向ける。

どうか、許して欲しい。

その思いばかりがあった。

こんな酷いこと、どうして?どうしていつも薙は自分を乱暴に扱う?

初めてのときもそうだった、それから、今日まで、優しくされたことなんて一度もない。

いつだって行為は一方的で強引で、豊に抵抗の余地などなかった。

豊にはもう何も分からなくなっていた。

薙のこと、月詠のこと。

理解したいと願っていたのに、歩み寄ろうと努力したつもりだったのに。

結局は堂々巡りで、最後はいつも同じ場面だ。

触れ合っているのに、心は、こんなにも遠い。

氷の城はいまだ見えない。

そこに眠るはずの、彼の本当の姿は、見つけ出すことなど叶わないのだろうか。

一瞬綾人の姿が浮かんでいた。

(それでも、俺は)

微かな光が瞬いたような気がしていた。

―――不意に、伸びてきた指先が豊の髪に触れる。

そっと梳いて、肌に触れて、金の眼差しが細められる。

差し込まれたままの部分がグイグイとぬめりを擦り込むように内壁をえぐっていた。

喘ぐような声が、ハンカチの詰め込まれた豊の口から漏れ続けていた。

「秋津君」

屈んだ彼の、唇が背中にキスを落とす。

まるで振り初めの雪のように、肌に淡く溶けていく。

「―――僕は」

後に続く言葉は、誤魔化すようなキスにかき消されてしまう。

胸が、痛い。

何故だか泣き出しそうなほどに切なくて苦しい。

これは、一体何なのだろう。

なんという名の感情だったろうか。

豊にも薙にも、答えは見つけられなかった。

ただ触れ合う体を欲する欲求だけが、薙を突き動かし、豊を苦しませていた。

大分ほぐされた部分に、再び張り詰めた先端が押し付けられる。

様子を伺いもしないで強引に突き立てると、くぐもった悲鳴が豊の喉から漏れた。

薙は、臀部に根元を押し付けるようにして体を揺すり続ける。

出入りするたび漏れる水音が、西日の差し込む薄暗い室内に響いていた。

絡みつく吐息と快楽の声、卑猥な響き、こすれあう肌の温度だけが今の全てを満たしている。

背中に覆いかぶさるようにしていた薙は、首筋に幾度もキスを落としてきた。

甘く、切なく、痛いキスを。

頬を伝う涙が、いくつも床に染みている。

ぼやけた視界を朦朧と眺めながら、豊は快楽に溺れる体とはどこか別な場所で考えていた。

 

ゲルダは、最後にはカイに出会えるのだろうか―――

 

「っつ!」

突き上げた快楽が頂上を迎えて、奥深い部分で薙の精がほとばしる。

同時に豊も二度目の精を放っていた。

汚れた床に崩れるようにして、うずくまる体の内側から膨張した熱が引き抜かれていく。

体の一部が失われていくような、やけに辛い喪失感だった。

動かない豊を見下ろしていた、薙の携帯が不意に鳴り響く。

「はい」

電話口に出る声は、ほんの数秒前まで情事に耽っていたとは思えないほど醒めている。

「―――任務了解、すぐ現場に向かいます」

体を横に倒しつつ、痛む体に無理をさせて豊は薙を見上げた。

薙は携帯電話をしまいながら立ち上がり、直後に手早く衣服を整えていく。

脱力している下肢に力を込めて、必至に起き上がろうとすると、薙の声がそれを制した。

「今回君の参加は必要ない」

すっかり身なりを整えて、隣に屈むと豊の両手を拘束していたネクタイを外す。

擦れた部分から移った血が、表面に滲んでいた。

薙は一瞥してそれを捨てると、口腔内からハンカチを引き抜いた。

ようやくまともに呼吸が出来て、豊は少しだけむせた。

「秋津君、これは、この部屋の合鍵だ」

頭の傍でカチャリと金属音が鳴る。

「あとで回収させてもらう、退室したら施錠を忘れるな、君は、動けるようになったら自室に戻れ」

「で、でも、任務が」

「今の君では足手まといになるだけだ」

反論の余地も無い言葉に、豊は黙って俯いた。

薙は、その様子を暫し見つめて、すぐに立ち上がると踵を返した。

「では失礼する」

「ひ、飛河ッ」

背中に、豊は必死で追いすがろうとする。

「ま、待って、くれ、俺は、俺はっ―――」

「話は後だ」

無情な一言は続く言葉全てを打ち砕いて、薙は部屋を出て行った。

扉が閉じた後、再び施錠音が響いた。

ただ一人きり残されて、豊は呆然と床に横たわる。

冷たい感触に、気づけば再び涙が滲んでいた。

「どう、してっ」

薙は、いつでも何も答えてはくれない。

この胸の痛みも、酷い行為も、あの、キスの意味も―――なにも、何も答えない。

やるせなさばかりが募るようだった。

これほどまでに辛いのに、彼を恨む気持ちが起こってこない、その訳を豊自身気づいていない。

ボロボロに汚されて、うずくまりながら、合鍵に手を伸ばす。

握り締めた感触に雫が頬を伝って床に落ちた。

ここには、どこにも、居場所なんてない。

これ以上、近づくことが出来ない。

薙にも、この学院にも。

「帰りたい―――」

悲痛な嘆きだった。

静寂が心をじわじわと食い殺していくようだった。